この期に及んで、ついには開き直りの民主シンパ。きっこのブログに田中良昭氏。


きっこさんは、とおしろうだから仕方がないとしても、元TBSの予言者?田中良昭氏の言動には、正直唖然とした。

大久保秘書の容疑の裏付けが着々と進むなか、自分の予言が当たったという文章を公開しておられる。

予言というか、普通、あれだけ、西松建設の問題が取り上げられていたのに、政治家への追究が国会を始めメディアでもほとんど触れられなかったことに違和感を覚えたし、

裏で捜査が着々と進められていることなど誰でも感づいていた話だし、いつかは来るものと思っておりましたよ。

むしろ、いささか遅すぎた感はある。

特捜側は、早期解散の後の民主党政権誕生の後の小沢首相逮捕を狙っていたが、時期が逸しそうなので今になったというのが正解ではないだろうか。

何でこの時期に?としきりにメディアは報じるが、そんなに疑問だろうか!?

容疑が固まったら逮捕する、当たり前のことが、小沢神格化で、テレビメディアの感覚は狂いに狂っていたようだ。

まして、この田中良昭氏の結局、政治にカネはいるもので、それを規制する方がおかしいと宣うに至っては、

元TBSのご都合主義がよくわかる。

TBSは徐々に手のひら返しを進めており、きっこのブログ推奨の田中良昭氏がいつまで、手のひらをそのままにしておけるのか見守りたい。

 

きっこのブログ:ご紹介します。

予言が現実になった – 『内憂外患~どうするニッポン』 – Infoseek ニュース

 容疑は政治資金規正法違反だと言うが、そもそも政治資金規正法という法律がいわくつきのおかしな法律である。国民は規正の「正」が「制」でない意味をよくよく考えた方が良い。本来政治資金を「規制」すべきでないと言うのが民主主義の考え方である。政治資金規正法の本来の目的は金額の規制ではなく、資金の「透明化」にあった。ところが三木内閣が金額の規制に踏み込み、それを「クリーン」と宣伝したため、日本では政治献金に「悪」のイメージが付きまとうようになった。
 アメリカ大統領選挙を見れば分かるが、政治家にとって重要な能力の一つは金を集める事である。オバマがヒラリーに勝ったのも集金能力であった。政治資金は政治家の力量を計る物差しというのが民主主義国家である。ところが日本で「金権政治家」は悪の代名詞だ。なぜなら戦前から官僚機構は力のある政治家を排除する論理として「金権政治」を使ってきた。星亨や原敬など、明治、大正時代に官僚と戦った政治家はみな官僚から「金権政治家」のレッテルを貼られ、新聞に批判されて、憤った国民に暗殺された。官僚機構が権力を脅かされると「カネのスキャンダル」を持ち出すのが昔からの常套手段なのだ。
 ところで今回はどうなるか。こんなに露骨な選挙妨害にメディアと国民がどう反応するかでこの国の民主主義のレベルが分かる。今封切られているアメリカ映画「チェンジリング」は1920年代の実話で、堕落した警察に立ち向かう一人の女性を描いているが、権力を持つ警察に立ち向かう事は難しく精神病院に監禁される。しかし最後には市民が警察に抗議のデモをかけるシーンがあった。民衆が官僚の横暴に立ち上がるのである。民衆が立ち上がるためには警察発表を鵜呑みにしないメディアの存在が必要である。検察の言う通りにしか報道しないのが日本のメディアだが、産経新聞の宮本雅史記者のように、著書「歪んだ正義」(情報センター出版局)で検察の実像を書いた勇気あるジャーナリストもいる。どのような報道が行われるかをまずは注目したい。

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カテゴリー: ニュースと政治

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