相撲は国技なのか?? 品格を問うなら協会首脳陣はどうなの??


連日の朝青龍報道で、ガッツポーズがいけないとか、モンゴルに帰ったからどうのと、何とも狭量な話を延々公共の電波を使ってやっている。

神事だから、ガッツポーズは、神様への冒涜になるそうだが、相撲が国技っていうのも、神事っていうのも、そう誰かが定義すると思い込みの激しい日本人は神代の昔からと信じてしまうから難儀だ。

だれも否定しようとしないし、疑問にも思わない。

まず、法的にどうなのかというと、相撲は国技とは指定されていない。

そんなに国技、国技とありがたがるなら、法的にきちっと整備すればいい。

ウィキペディアでは、

日本の国技

一般に日本では国技と言えば相撲を指すと思われている。しかしその意味するものは極めてあいまいである。

国技が相撲であるという考えが広まることになった起源は、1909年(明治42年)に両国に初めて相撲常設館が完成した際、それが「国技館」と命名されたことであるとされている。これは3代尾車親方(大関大戸平廣吉)が命名委員会(会長:板垣退助)に提案し、了承されたものであるが、それは6月2日に行なわれた開館式で作家の江見水蔭が執筆した披露文に「相撲節は国技である」という内容が書かれていたことにヒントを得たということに過ぎない

その後、国技=相撲という考えは国民の間に浸透していくことになるが、国の機関によって正式に国技と認められたことはない。

 

とある、一般的に思わされていることと、そうであったとでは全然ちがうことで、国技であることを証明する文書でも残っていれば別だが、証拠もないのに常識としてとおっている日本のいい加減さは直さないと、外国から突っ込まれたときに恥をかくことになる。韓国では剣道の起源は、韓国にあるなんて説が物議をかもしたわけで、相撲の起源はモンゴルとかいわれないようにないとね。法律できちっと決めると世界的にも認知されるけど、日本での何となくは世界的にはとおらない。

 

世界各国の国技(法律で定められているもの)

これらは、法律できちっと定められているそうで、日本でも法的に柔道や剣道とともに定めておいた方がいいと思う。

 

それと、相撲は神事だと断言する向きがあるが、本当だろうか。儀礼的なものは、残っている程度で、地方の神社で今も行われている奉納相撲とは全く、大相撲は異なるのではないだろうか、江戸時代から興業としての面がクローズアップされて来たわけで、ハワイやトンガから外国人を受け入れ、今は、ロシア、ブルガリア、モンゴル。みんなが神道に改宗したというわけではないだろうし、神事性や伝統を伝えているとしても、神事そのものではないだろう。まして、神事というなら、今回の大麻事件や弟子撲殺事件など、相次ぐ不祥事で土俵を穢した、いわば神を冒涜した輩が連続して出ている今の相撲協会は、解散するぐらいの覚悟がなければならない。最低、理事長以下、総退陣すべきではないかと思う。昨年来の騒動を見ていると、朝青龍がスケープゴートになって、神事を司る相撲協会首脳陣がまったく責任をとっていない現状こそ、品格の問題ではないのだろうか。マスコミはなぜ、潔くない相撲協会幹部の品格を問わないのか、本当に不思議だ。

 

  • 神事相撲の一例
  •  

    【旬の民俗学】相撲 神事性、再考を

    2008.10.4 08:15

    土俵祭を見守る武蔵川理事(右から2人目)ら=両国国技館土俵祭を見守る武蔵川理事(右から2人目)ら=両国国技館

     近ごろ、大相撲での不祥事が話題になっている。

     国技であり、それゆえに「礼」を重んじるべき、とする。日本では、「相撲は、ただの格闘技ではない」、という暗黙の合意があるのだ。これを、外国人の力士に理解させようとするが、なかなかむつかしい。いや、日本人の若者についても同様であろう。

     相撲は、古く、神事に関与して発達をみた。『日本書紀』には、野見宿禰(のみのすくね)と当麻蹶速(たいまのけはや)の天覧相撲の記事がある。そこから、宿禰が相撲の始祖神として祀(まつ)られるようになった。が、宿禰らの相撲には、どうも神事性が薄い。

     平安時代になると、宮中での相撲が定例化した。初秋の行事として「相撲節会」が行われるようになったのだ。諸国から秀手(ほで)(力士)を集め、東西に分けて競わせ、その結果で農作物の豊凶を占った、と記録に伝わる。ここで、相撲が神事性をおびてくるのである。

     民間での相撲神事は、各地で現代にまで伝わっている。いわゆる秋まつりに、境内で子ども相撲が演じられる事例が多かろう。相応の賞品を授与して勝負をたたえるが、その本意は、五穀豊穣(ほうじょう)を祈願しての奉納にある。

     特殊例として、独り相撲の奉納がある。伊予三島の大山祇(おおやまづみ)神社の御田植祭でのそれがよく知られるが、精霊を相手に相撲をとるのだ。その精霊は、稲魂(いなだま)と伝えられており、結果は2勝1敗で精霊の勝ち。それで豊穣がかなう、とされるのである。

     一方の大相撲は、江戸末期のころから定期興行がはじまった。明治になると、軍国主義のもとで国威高揚のための盛況を呈するようになった。

     その大相撲でも、たとえば清祓(きよばら)いの塩、地霊を鎮める四股(しこ)、結びの神緒(かみお)(横綱の土俵入りでの注連(しめ))などが伝わる。相撲における神事性の伝統を伝えているのである。

     作法の粛正とはいうが、形式の問題ではないのだ。能や神楽の太夫と同様に力士を位置づけて再考すべきであろう、と思う。(民俗学者 神崎宣武

     

    2日に若麒麟を処分=相撲協会が理事会

     日本相撲協会は2日、東京・両国国技館で理事会を開き、大麻取締法違反容疑で逮捕された十両若麒麟容疑者(25)=本名鈴川真一、兵庫県出身、尾車部屋=の処分を決める。同容疑者は1月31日に師匠を通じて引退届を提出したが、相撲協会ではこれを受理するかどうかを含め判断を保留。2日の理事会で話し合うことにした。
     やはり大麻の所持容疑で逮捕された元若ノ鵬と、相撲協会が実施した大麻の尿検査で陽性反応を示した元露鵬、元白露山の3人はいずれも解雇されており、若麒麟容疑者への処分も同等かそれ以上となる見通し。解雇より重い除名とする場合は役員、評議員、横綱、大関のうち4分の3以上の特別決議が必要となる。
     同日夕からは再発防止検討委員会(同日付で「生活指導部特別委員会」に改称予定)を開き、今後の対策などを協議する。 (了)
    (2009/02/01-18:48)

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