医療問題で思う。


尼崎医療生協の問題を取り上げて以降、ずいぶん医療に対する問題意識を新たにした。
今日も「語る会」のなかで、医療関係につとめる方から、勤務医が如何に過酷な状況で働いているか、
少しの医療事故でも攻められてしまう現状についてもお伺いした。
また、優秀なお医者さんは、日本から出て行って海外の仕事をしたがることなど、
医療の世界の構造的な問題をどう解決したらいいのか、医師の意志が本当に医師会にあるとは思えないし、
勤務医が言葉を発する場面があればいいのだが、できたばかりの組織も色々な批判がされており、本当に心許ない。
既存政党や組合の色がつき始めた時点から、与野党の対立構造の中に埋もれてしまい、結局、厚生官僚の思う壺になってしまう。

教師は、人をつくり、医師は、命を救う。
未だもって、私は、崇高な聖職と思っているが、残念ながら、これまでのやりとりの中で崇高さを実感できなかった。
ただ、救いは、田中芳樹さんとのやりとりで、彼が正直に語ってくれたことだった。
医師とて、人間。失敗は犯すということ。
しかし、私は、絶対大丈夫といってくれることを期待したい。
病魔との戦いが医者と患者との共同戦線なら、戦いの前に、この戦は負けるかもしれないと言われたら、萎えてしまうからだ。
ただ、正直な心を吐露してくれた彼の誠実さが何かを生み出す力になってくれればと願っている。
患者と医者の対立構造ばかりを浮き上がらす、ネット医師もいるが、それでは、何も問題は解決しないのではないだろうか。非常に残念。

日本の医療を憂え、自らの立場を顧みず、改革ができる医師が陸続と登場することを願わずにはいられない。
できたばかりの医療問題中立処理委員会などの仕組みがどう機能し、問題を解決していくのか期待をしたい。
医療過誤の問題処理のスキームが固まらないと、無用な不審が医師と患者の間に渦巻くことが懸念される。

弁護士のため息  http://t-m-lawyer.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_5f99.html
産科医療のこれから http://obgy.typepad.jp/blog/2007/05/post_37c0.html
医療安全推進者ネットワーク http://www.medsafe.net/contents/recent/97ibaragi.html

医療過誤原告の会 ― 医療事故被害者の権利確立を目指す団体
 

以下、中国新聞、毎日新聞、徳島新聞

医療安全調査委めぐり討論
’09/1/26


 医療死亡事故の原因究明を第三者の立場から担うため、国が創設を目指す「医療安全調査委員会(仮称)」の在り方を考えるパネル討論が25日、広島市中区の広島国際会議場で開かれた。期待の声があった一方、医療現場からは慎重な検討を求める意見も出た。

 厚生労働省中国四国厚生局などの主催で、医療関係者や医療事故の被害者たち計約230人が参加した。厚労省の説明を踏まえ、医師や弁護士たち6人のパネリストが意見を交わした。

 息子を医療過誤で亡くした兵庫県の薮見紀子さんは、訴訟で病院との和解に5年半かかった経験から「裁判の迅速化につながるかもしれない」と評価。一方、広島県医師会の高田佳輝常任理事は「委員会の責任追及が医療の萎縮(いしゅく)を招きかねない」との見方を示し、拙速な設置に疑問を呈した。

 

パネルディスカッション:安全調査委、在り方問う 厚労省が討論--中区 /広島

 ◇医療過誤被害者ら参加

 厚生労働省が導入を検討している死因究明の第三者機関「医療安全調査委員会」の在り方を考えるパネルディスカッションが25日、中区の広島国際会議場であった。同省中国四国厚生局の主催。医療関係者ら約230人が参加し、医師や医療過誤の被害者らによる議論に耳を傾けた。医療安全調査委は、医療ミスが疑われる死亡事故の調査・分析を警察に先行して担う行政機関。同省は意見交換の企画を各地で開いている。

 パネリストの高田佳輝・県医師会常任理事は「死因究明のために新しい制度は必要だが、現段階で問題が多い。医療者への責任追及が前面に出ている」と指摘した。13年前、19歳だった息子を盲腸の手術中に亡くし、5年以上医療裁判をした藪見紀子さん=兵庫県=は「家族を亡くした人の意に沿うようにしてほしい。原因究明ができたら、遺族はもちろん一般市民も閲覧できるように」と求めた。

 会場からは「薬の取り間違いミスならどうなるか」「現在の案では、医師は治療でリスクを冒すことはできない」などの意見が出た。【寺岡俊】

毎日新聞 2009年1月26日 地方版

 

あわや医療事故1791件 県立3病院、07年度の事故43件   2009/1/24 10:23

 徳島県病院局は二十三日、二〇〇七年度に中央、三好、海部の県立三病院で発生した医療事故と、事故につながる恐れがあった事案(インシデント)を公表した。合計は〇六年度より三百十八件多い千八百三十四件。内訳は、医療事故四十三件(〇六年度七十四件)、インシデント千七百九十一件(千四百四十二件)だった。
 インシデントは「ヒヤリ・ハット」と呼ばれ、患者に被害はなかったものの、日常の医療現場でひやりとしたり、はっとしたりした事例。
 事故とインシデントを行為別にみると、転倒・転落・けがが四百三十九件(23・9%)、チューブ類の管理が三百六十四件(19・8%)、調剤・製剤が二百四件(11・1%)、与薬・処方が二百二件(11%)-など。
 医療従事者別では、看護師千三百六十件(74・1%)、薬剤師百九十九件(10・8%)、栄養士・調理師百九件(5・9%)、医師五十三件(2・9%)-などだった。
 病院別では、中央が千二百八十九件(〇六年度千三件)と全体の約七割を占め、三好三百七十七件(四百三十二件)、海部百六十八件(八十一件)となっている。
 患者に後遺症が出た医療事故は▽生体監視モニターの警告音が解除されていたため、異常の発見が遅れた▽入院患者がトイレに向かう際に転倒して頭を打った-の二件。
 このほか、チューブ外筒を体内に残した状態でチューブを抜いたミスや、内診台と医療機器の間に患者の足を挟んだ事案などがあった。
 県病院局は独自の医療事故公表基準を定め、〇四年度から毎年、事故とインシデントをホームページなどで公表。各事案の原因や再発防止策を明示している。同局は「再発防止策を徹底し、医療の質の向上に努めたい」と話している。

辻よしたかのホームページ

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5件のコメント

カテゴリー: 医療問題

医療問題で思う。」への5件のフィードバック

  1. SIRO ancomochi

    はじめまして。リンク元を辿ってまいりました。私は一般人ですが、医療の不確実性と限界について私なりの意見を書きます。辻さんは車の運転をなさいますか?「私は絶対に事故に遭わない」と断言できますか?辻さんに限らず、誰であっても、どんなに気をつけても100%大丈夫と断言できる人はいないと思います。辻さんが防げるリスクを防いで運転していたとしても、突然、車が突っ込んでくる可能性はゼロではありませんよね。医療行為で言えば、できる限り気をつけて手技を成功させたとしても、それ以外の要因(例えば薬のアレルギーなど)で具合が悪くなることもありえます。たとえ99%大丈夫だとしても1%でもリスクが存在すれば「絶対大丈夫」と断言することはできません。辻さんが「100人中99人が大丈夫」な医療行為を「絶対大丈夫!」と断言されて、不幸にも1%に当たってしまったらどう思われますか?お怒りにならないのならいいんですが、「絶対大丈夫といったじゃないか!」と怒る人は多いです。「絶対大丈夫」という言葉はあくまで励ましの言葉であって、「絶対大丈夫」という言葉でリスクが減るわけではありません。泣いても怒っても何をやってもリスクはゼロにはならないんです。病気で不安な時に医師に安心を求めたい気持ちはよくわかりますが、医療行為とは当然ながら命がかかっていますので、いいかげんなことは言えません。私たち一般人が思う以上に、重みがあるのだと思います。「これはあくまで励ましの言葉だ。リスクがゼロである保証でもなんでもない」と理解している人にだったら医師も言えるかもしれませんが…私事になりますが、私はとある病気で医療の不確実性と限界を味わった経験があります。医療というのは本当に不確実で、たとえばAさんとBさんが同じ病気になってもまるっきり同じ症状が出るとは限りませんし、効く薬も違ったりします。日本の医療は高度ですがそれでもリスクがゼロになることはありえません。経験上、安易に「大丈夫!」という医師よりも、リスクとベネフィットをきちんと説明してくれる医師の方が信頼できました。(考えて意見を述べましたが、どうしても一般人ですので医療者の方から見て異論があるやもしれません。あればご指摘ねがいます)

  2. 義隆

    「しかし、私は、絶対大丈夫といってくれることを期待したい。」というのは、あくまでも医療に携わる方への信頼です。単純な確率論の話をしている訳ではありません。人間は心理の生き物で、機械ではありませんから、失敗することもある。そんなことはわかっています。しかし、失敗することを前提に善後策を講じるのなら、納得はできますが、その以前の問題として、失敗することは当たり前。たまたま当たったのだからしょうがないと開き直ることは、ほかの職業では考えられないことです。人間がやることに100%完璧はありません。しかし、100%完璧をもとめなければ、100%に近づくこともできないし、事故やミスを最小限に抑えられないと思っています。それは、どんな仕事にも共通することで、医療だけが特別なわけではありません。不況下にある産業の一つ一つを見ても、それを証明しているでしょう。教育も、福祉も、治生産業はすべて無常です。しかし、無常を諦観したうえで、高みに至る最善の努力をしてほしいというのが、「絶対大丈夫といってくれることを期待したい」という意味です。期待したいということはそういうことです。諦観:1 本質をはっきりと見きわめること。諦視。「世の推移を―する」2 あきらめ、悟って超然とすること。「―の境地」  このあきらめは、日本語のあきらめるとは対局の境地です。

  3. SIRO ancomochi

    いったい誰が開き直ってるとおっしゃっているのでしょうか。『確率的にゼロにはなりえない、それでもできうる限りゼロに近づける努力をしている』ことは言うまでもないでしょう。車の運転をする人間が、周囲のため自分のために事故を起こさぬようにできうる限り気をつけているのと同様、おっしゃるようにどんな職業であっても誰でも同じです。医師もそうです。日本の医療は世界から認められるハイレベルな医療です。それこそが高みに至る最善の努力を積み重ねてきたという何よりの証拠ではないでしょうか。ネットでも現実世界でも、リスクがあることを開き直ってるという医師は見たことがありません、少なくとも私は。>患者と医者の対立構造ばかりを浮き上がらす、ネット医師もいるが、それでは、何も問題は解決しないのではないだろうか。非常に残念どのネット医師のどんな文章を指しているのか私にはわかりませんが、むしろ患者側と医師側の溝を埋めるべく奮闘している医師ブロガーは沢山いらっしゃいますよ。 ななのつぶやき http://blog.m3.com/nana/20071120/1

  4. 俊朗

    いくら医療が進歩してきているとはいえ、医療は未だ(というか永遠に)発展途上な分野であり、その時点の医療技術で最善を尽くしても、どうしても命を救えない…という「医療の限界」が存在する訳で。その「医療の限界」に直面し、最善を尽くしても、どうしても患者を救えなかった医師が、警察に腕に鉄の輪を嵌められ、取調べで「あなたは殺人者だ」と言い放たれ、医療ミスではない事が裁判で明らかにされてなお、世間に「殺人医師」「人殺し」と呼ばれ続けている現状では、医師になりたい…と思う者がいなくなっても仕方が無いでしょう。「医療の限界」による落命までもが「殺人」として扱われるのならば、「医療の限界」で命を救えない可能性のある分野に携わる医師は皆「殺人者予備軍」「犯罪者予備軍」という事になってしまうんですから。…。……。………。好き好んで「犯罪者予備軍」になろう…なんて人間は、はたしてどの位いるんでしょうかね?

  5. 義隆

    出産の際のリスクを回避するため、危険性を患者に認識させるとともに、医療過誤、医療事故についても補償をする保険制度がスタートしましたが、これを広く義務づける必要があるのかもしれません。保険がかかっているということはリスクがあるということで、医師と患者のコミュニケーションを深化させるとともに、保険会社が入る以上、情報の透明化を図ることが当たり前になるでしょう。海外では、医療過誤や医療事故にどう対応しているのか、また、患者、医師は、どう受け止めているのか調べてみたいと思います。

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