オバマ新政権は拉致問題にどう取り組むのか


テレビは、オバマ一色であきれるくらいの礼賛。

これで、本当にいいのだろうか。

米国が犯してきた膨大な罪を、彼が本当に精算できるかどうか、グアンタナモを象徴的に扱うことで、オバマの正義が粉飾されはしないかと危惧している。

日本の当面の課題は、北朝鮮によるテロ行為、犯罪行為である「拉致問題」だが、

なぜに、ほとんどのメディアが課題として取り上げないのは何故か。

私には、民主党への配慮以外何者でもないと思うのだが。

昨年、ウニタ書房の遠藤忠夫氏が亡くなったとき。拉致問題への関わり、NHKの問題点等々が語られることはなかったように思う。

マスコミの論評能力がこのところ低下しており、問題を掘り下げることなしに、日本の立場を政治的にもメディア的にも表明し、具体的な解決方法を探る努力が必要だろう。

なぁなぁで、調整型で日本の政治も行われてきたが、今後は、国民の違和感を払拭するためにもストレートな論議で、白黒をはっきりさせてほしい。

そして、麻生首相は、オバマ新大統領と拉致問題解決の約束をしっかりして欲しいものだ。

 

以下、毎日新聞、産経新聞、日本経済新聞

泉田知事:拉致問題の進展に期待 オバマ米大統領就任で /新潟

 オバマ米大統領が就任したことについて、泉田裕彦知事は21日の会見で「融和、協力について期待されている人。拉致問題も人道問題であり、お互いの心に響くような交渉をしてほしい」と語り、拉致問題の進展に期待感を示した。

 泉田知事は、岩手県知事を除く46都道府県知事でつくる「北朝鮮による拉致被害者を救出する知事の会」の会長代行を務める。同会もオバマ大統領に問題解決への協力を求めている。【渡辺暢】

毎日新聞 2009年1月22日 地方版

 

【主張】米新政権と拉致 日米韓の連携にはずみをCommentsAdd Star

2009.1.24 03:43

このニュースのトピックス米国

 中曽根弘文外相とクリントン米国務長官の初の電話会談が行われた。拉致問題については、クリントン氏自らが言及し、「非常に強い思いを持っている」と述べたのに対し、中曽根氏は「拉致問題は最重要課題であり、核問題とともに協力していきたい」と答えた。注目すべきやりとりである。

 これまで、オバマ政権が北朝鮮の拉致、核問題にどう対処しようとしているのか、日本政府は十分な見極めがついていなかった。昨年10月、ブッシュ政権が北へのテロ支援国家指定を解除した際、大統領候補だったオバマ氏が「一歩前進だ」と評価した以外、オバマ氏の対北姿勢は未知数だった。

 副大統領のバイデン氏が対北融和派で、指定解除を推進したヒル前国務次官補の「米議会内の後ろ盾だった」(政府筋)という見方もあった。

 だが、日米外相電話会談でクリントン氏側から拉致問題への言及があったことを、日本政府は米がこの問題を忘れていないというメッセージだと前向きにとらえ、積極的に働きかけるべきである。

 ブッシュ政権では、シーファー前駐日大使の尽力もあって、拉致被害者、横田めぐみさんの母、早紀江さんとブッシュ大統領の面会が実現し、ブッシュ大統領は拉致を北の国家犯罪として指弾した。オバマ政権にも、拉致問題を改めて世界に知らしめる強力なメッセージを期待したい。

 先の日韓首脳会談で、麻生太郎首相と李明博大統領は拉致問題などで日米韓の連携を強めていくことで一致した。韓国は昨年2月、北に融和的だった盧武鉉政権から李政権に代わり、日韓両国が拉致や核問題で以前より協調しやすい環境が整ってきたといえる。

 最近、拉致被害者の田口八重子さんから日本語教育を受けた元北朝鮮工作員の金賢姫・元死刑囚が「田口さんの家族に会いたい」と希望していることが伝えられた。面会が実現するよう、日韓両政府の協力を求めたい。

 米民主党にはクリントン政権時代の94年、北の核凍結の見返りに軽水炉提供を約束した枠組み合意が成立しながら、北がひそかに核開発を続け、裏切られた経験がある。前のめりの米朝対話にブレーキをかけるのも日韓の役割だ。

 拉致と核問題の解決に向け、日米韓を中心とする対北包囲網を再構築すべきである。

 

麻生首相「危機への認識一致」 オバマ大統領との連携に意欲

 米国のオバマ政権発足を受け、日本政府は麻生太郎首相とオバマ大統領との首脳会談の早期実現へ調整を急ぐ方針だ。与野党幹部からは21日午前、日米関係の強化と世界経済立て直しに期待する声が上がった。

 首相は21日昼、オバマ大統領の就任演説について「経済危機に関する認識が一致している。国民の潜在力を引き出す手法も基本的には同じ。世界第1位、第 2位の経済大国が一緒に手を組んでやっていけるなと改めて確信した」と述べ、危機克服に向けた緊密な連携に意欲を示した。首相官邸で記者団の質問に答えた。

 河村建夫官房長官は午前の記者会見で「日米同盟の一層の強化を求めていきたい」と述べ、地球温暖化や北朝鮮の核、拉致問題などで協力したい考えを表明。同時に「早期の大統領との首脳会談の実現に向け調整を進めていきたい」と述べた。(21日 16:01)

 

南の島の王子 さんのブログより転載  

2008年12月05日(金)

拉致隠蔽に加担したかNHK

遠藤 忠夫氏(えんどう・ただお=元ウニタ書舗店主)24日午後7時13分、肺炎のためさいたま市の病院で死去、83歳。葬儀・告別式は29日午前11時からさいたま市緑区東浦和4の13の24、光彩セレモ浦和ホールで。喪主は妻光江(みつえ)さん。
 元日本共産党員。海外で活動した日本赤軍の支援者として、声明発表などの国内窓口だった。
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2008112501000924.html
遠藤忠夫というと一般にはあまりなじみがないが、石岡・松木・有本の「よど号犯による拉致」の被害者家族にとっては重大な「妨害者」である。その「妨害」の真相を結局、あきらかにすることなく死亡した。北朝鮮、よど号犯のエージェントと言っても過言ではないだろう。
17年前の記者会見
1983年、有本恵子さんは拉致された。それから5年後の88年9月、札幌の石岡さん宅に3人(石岡亨さん、松木薫さん、有本恵子さん)が平壌にいることを伝える手紙が届く。
「どなたか社会党の議員さんを知りませんか?社会党なら北朝鮮とパイプがあるそうだから、なんとかなるのでは」と石岡さんに言われて有本さんご夫妻が思いついたのが、土井たか子氏である。まさに有本さんの地元の有力議員だった。西ノ宮の事務所に足を運び秘書に救出の御願いをするも、まったく何の反応もなかった(朝鮮総連にこの石岡さんの手紙の件を伝えるという反応は、あったのではないかと言われている)。
社会党が全く動かないため、次ぎに自民党の安倍晋太郎事務所に連絡をする。秘書が同行してくれて、警察庁、外務省と回るが、「国交がないのでどうにも出来ない」というだけで、さらには外務省は「危険ですので、秘密にしておきましょう」と口止めをした。
90 年末、「週刊文春」が恵子さんのことを取材にくる。秘密にしておいたものがなぜ漏れたのかは不明だが、知っていたのは相談した警察と外務省以外にはない。週刊文春の取材に対して、「救出のためには表に出したほうがいいんじゃないか」と考え、これによって大きく報道されることになる。
1991 年1月、石岡、松木、有本の3家族は記者会見を開いて氏名を公表して救出を訴えることになった。1月15日夜、NHKの記者(山本浩氏)から「記者会見の前にぜひ会ってほしい人がいる」と言われ、翌16日、NHKの崎本利樹氏(東京)・田村啓氏(神戸)の2名の記者に、ウニタ書房の遠藤忠夫氏を紹介される。遠藤は「私たちは金丸氏の訪朝のために一年半あまり、いろいろと努力してきました。今ここで警察よりこんな話(拉致問題)が出てきては、何もかもぶち壊しになってしまう。私たちは金日成と太いパイプを持っています。任せてくれれば一、二ヶ月で解決できる。恵子さん達は生きている。会見を中止すれば助けてやる。」と言い、記者会見の中止を求めた。しかし、会見の場所に各社の記者を待たせた状況で中止は出来ず、「では、住所と氏名は言わないようにして下さい」と言われ、結局、名前も住所も公表せず、出席した他の記者からは反発、不満、怒りをよんだ記者会見となってしまった。「事件を公表して世論を喚起し、国に早期解決を促す」という当初の目的も達することは出来なかった。この記者会見の2週間後には第一回日朝国交正常化交渉が行われたが、有本恵子さんや石岡亨さん、松木薫さんの名前が出されることはなかった。94年、週刊文春が記事を掲載したことにより、再度、記者会見を要請したが、この時は各社とも全く取り合わない状況となってしまった。
遠藤忠夫氏は、2回ほど、有本さんと会い「自分たちが今動いているから、いずれ帰国出来るようにします。」とか「今にも帰れますよ」などと言っていたが、その後、「パイプがなくなった」と言い捨てて手を引いてしまった。もちろん事態は何も進展していない。始めからこの記者会見を中止させることが目的であり、実質的にはその目的は達せられたといっていいだろう。有本さん等が遠藤忠夫氏の言い分を受け入れたのは、NHKの記者の紹介・同席という事実があったからである。NHKもまた共犯と言わざるを得ない。
北朝鮮は88年に有本恵子さんは死亡したとしているが、遠藤忠夫氏が「恵子さんは生きている」と言って、記者会見を中止させたのは91年である。本当に生存の情報を持っていたのかどうか、徹底的に解明されるべきである。
遠藤忠夫氏は、元共産党員、元国労幹部で、その後、左翼系出版物や機関誌を専門に扱う「ウニタ書舗」を経営。国労時代の70年代、総評の岩井章の命を受け北朝鮮と独自に交渉を行う。よど号グループの帰国実現に奔走し、北京でリーダー田宮高麿と極秘に接触した。北朝鮮のエージェント的な役割も果たしていたと言われている。日本赤軍の重信房子等の支援者でもあり、レバノンで数回に渡って重信等と面会している。
有本さんの質問状
平成13年5月31日
日本放送協会 御中
神戸市長田区蓮宮通4-38
有本 明弘
貴局の報道姿勢に関する質問状
拝啓、初夏の候益々ご清祥のことと拝察致します。
 さて、私と妻嘉代子の三女「恵子」は、昭和57年4月から留学のため訪れていたヨーロッパにおいて、昭和58年10月から消息を絶ち、昭和63年9月、北海道にご在住のIさんからのお知らせにより、北朝鮮に複数の日本人と共に自由を奪われた生活を強いられている事が判明致しました。
 この事に関しては、平成5年5月に兵庫県警外事課の警察官により、娘と北朝鮮の工作員が一緒に撮影された写真を提示され、調書にも署名致しました。
また、その後の報道内容などから見ても、娘が本人の意思ではなく拉致された事は、もはや疑う余地のないところと確信しております。
 私ども家族は、一日も早い娘との再会を信じ、18年間涙を呑んで待ちつづけて参りましたが、貴局が行った、私達家族に対する取材活動について、甚だ理不尽な行為があり、以下要項にて事実関係の究明とその情報の開示、貴局としての見解をご質問申し上げます。
 本行為により、結果的に娘の事件は永く隠蔽され、家族が強いられた心労は筆舌に尽くしがたいものでありました。更に、私達家族が被った不利益以上に、「拉致事件」が現在まで何ら進展していない事実を勘案すれば、北朝鮮との交渉の場において、深刻な影響を及ぼしているのではないかと、恐ろしくなる程でございます。
私達の様な取材対象者の意思を、報道に携わる立場の者が意図的に歪める様な本行為は、貴局に求められる報道倫理に著しく反するのではないでしょうか。
 何卒、視聴者の負託にこたえる為にも、貴局の真摯な姿勢と誠実なご回答を希望して止みません。
 先ずはご質問旁々ご挨拶まで。
敬具

(1)問題事案の背景
 平成3年1月16日、私ども夫婦と私の妹、石岡さん(北海道)のお母さんとお兄さんの5名は、外務省への「救出要請」の後、同省近くの会場で記者会見をもち、「事件を公表して世論を喚起し、国に早期解決を促す」事を企図していた。
 一連の行程は全てNHKが手配し、同社は記者会見の幹事会社を引き受けていた。しかし、15日夜神戸放送局の記者・山本浩氏から私宛に連絡が入り、「記者会見の前に、東京で会って欲しい人が居る」と申し入れがあり、事情が分からないまま、承諾した。
 当日、記者会見場に報道各社を待機させたままで、有本・石岡(家族側5人)は、NHKの崎本利樹氏(東京)・田村啓氏(神戸)の2名の記者に、ウニタ書房の遠藤忠夫氏を紹介され、計8名による会談がもたれた。
 遠藤氏は「氏名および住所を公にすると、日朝交渉に伴う水面下の努力が水泡に帰すので、止めて欲しい」と懇願し、「替わりに金日成の主治医につながる確かなパイプを有しているので、1~2ヶ月待ってもらえれば解決できる。」と事実上の会見中止を要請し、家族側は同意せざるを得なかった。記者会見は開かれたが、当初の私達家族の目的は頓挫した。
 平成5年5月には兵庫県警外事課より娘の消息につながる証拠写真の提示を受け、調書が作られ、翌年3月の週刊文春が「恵子と・石岡亨さん・松木薫さん」の拉致に関わる記事を掲載した。これらの事を踏まえ「事情が大きく異なった」として私は再度記者会見を要請するが各社全く取り合わなかった。
 NHKに対しては、同年4月以降再三説明を求めたが、社会部長の井手上伸一氏から問題の究明に取り組むとした返答を、12月22日付けで受領したものの、約6年半が経過した現在も、私達家族はその結果を知らされていない。
 「拉致事件」に関する国民的関心が高まった今日、本件を個人的なものとして曖昧なままこれ以上放置することは、事件の早期解決に向けた国民的コンセンサスづくりに、むしろマイナスであろうと判断し、今回の「質問状提出」に至った。
(2)質問及び要望事項
1. 本件に関し、事実関係を調査して結果を公表して下さい。
2. 本件が貴局の報道倫理上問題が有ったのか否か、貴局の見解を表明して下さい。
3.本書文中の石岡・松木両家のプライバシーに充分ご配慮頂くことを、切にお願い申し上げます。
(3)添付文書
1. 本件について、支援者が私達家族への聴き取り調査に基づき記述した、ミニコミ紙の当該紙面を2種各1部づつ同封します。
2. 本件に係わったNHK関係者及びウニタ書房遠藤忠夫氏の名刺写しを同封します。
(4)回答方法及び回答期日
1. 本文書へのご回答は、本書到着の後1ヶ月以内に文書にて行って下さい。
2. ご回答には、どの部署の誰が調査し、誰が責任ある回答をされるのか明らかにして下さい。
(5)本書の取扱いについて
 本質問状については、貴局の監督官庁である総務省及び総務大臣に対し、同様趣旨の文書を提出させて頂きました。
 また、質問状提出及びご回答内容については他のマスコミ、拉致問題にかかわっている主要支援者に対し、公表します。
                                   以上
*注 
上記質問状の中で「私ども夫婦と私の妹、石岡さん(北海道)のお母さんとお兄さんの5名」が記者会見をしたとなっている。松木家は参加しなかったのかと思われるかもしれないが、そうではない。この会見の前にまず神戸で3家族によって顔合わせが行われ、そこに松木薫さんの弟、信宏さんが参加している。信宏さんは記者会見にも同席するつもりでいたが、この時まだ高校生だった信宏さんの身を案じて、有本恵子さんの叔母さんと石岡さんのお母さん、お兄さんが参加をさせなかったという事情があります。ここに名前も顔も出しての記者会見に大きな意味を感じていたことと、それに比例しての危険も感じていたことが見いだせます。覚悟をしての記者会見だった。しかし、遠藤忠夫とNHKによってだいなしにされてしまったわけです。
電脳補完録より抜粋
http://nyt.trycomp.com/modules/news/article.php?storyid=7767

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