テレビってやつは! 小沢一郎の行方不明ぐせは治らない


久米さんのテレビってやるはという番組を初めてじっくり拝見した。

やっぱり、放浪癖というか、逃亡癖というか、行方不明の癖が一年ぐらいで治るものだろうか。

石井一と小沢一郎は、そんなに仲はよくないと思うし、毒まんじゅう食べさせてもらったのかね。一生懸命弁解していたけど、

野中さんの指摘の方が当たってるような気がします。

上杉氏が公明党が比較第五党になるとか指摘していたけど、マスコミのプロパガンダが世論調査に現れているとしたら、TBSはしたり顔かもしれないけど、

公明党は、そんあ甘い政党じゃございませんよ。着々と反転攻勢の機会を狙っておりますので、ご心配なく。

 

ともかく、民主党の本性を今後は遠慮なく、抉る質疑を国会で行うしか、起死回生のチャンスは与党にはないわけで、小沢民主党の勘違いが選挙を遅らせている。

いや、むしろ、遅らせたがっているのは小沢さんじゃないかとまで、最近は思います。

なぜなら、選挙をやれば不利な状況がこれだけあれば、自民党が選挙を決断できるわけがないので、そのぐらいのことは、いくら小沢さんでもおわかりになるだろう。

政権内部で汚職があるとか、スキャンダル発生となれば、追い込まれ解散もあるが、実は何も麻生内閣には失点はない。

ただ、人気がないだけなのだから、政治家は人気商売ではありませんから、視聴率が墜ちたら降板するタレントと一緒にしないで欲しいと思いますね。

というわけで、昨年の奥島貞雄さんの回顧録を載せておきます。

世論調査で、首相に相応しいと思わされている方はこんな方なのですよ。

★ グッバイ!自民党 奥島貞雄 『自民党幹事長室の30年』 中公文庫(新刊) – 書評日記  パペッティア通信 – 楽天ブログ(Blog)

民主党の参議院議員・石井 一は認知症か―あまりの程度の悪さ – 大事小事―米島勉日記

【私の小沢一郎論】「首相になってほしくない」 奥島貞雄・元自民党幹事長室長

小沢さんの立派な面は、理念、国家観があることです。最近の政治家はそれがなくて、目先のことばかり考えています。ただ、小沢さんは自分の考えと違う人だと、すぐそっぽを向いてしまう癖がある。だから側近はみんな去っちゃいました。小沢さんは「自分も変わる」と言いましたが、性格だから直らないですよ。

私は22人の幹事長にお仕えしましたが、ワーストワンは小沢さんです。具体的な出来事を挙げると、平成3年1月に多国籍軍がイラク攻撃を開始するという緊迫した情勢の中、23日に全国幹事長会議が開かれたのですが、小沢幹事長はすっぽかしました。開始直前になっても、小沢さんが現れなかったので、自宅に電話したら、「幹事長は高熱のため出席できなくなりました」ということでした。
 私たちは大慌てで対応したんですが、後で通産省事務次官以下幹部が「幹事長には昨晩、大変ごちそうになり、楽しかったです」とあいさつに来ました。思わず私は「あんたたちとドンチャン騒ぎしたせいで、幹事長は会議に出席できなかった。自民党幹事長を殺す気か」と怒鳴りつけました。
 その後も小沢さんのすっぽかしは有名ですが、「世の中をなめているな」と思います。重要な会議は、出席者はもちろん裏方も苦労して準備しているんです。そういう人たちの苦労が分かっていない。だから情のない人だと思いますね。

 一方で、小沢さんは偉い人の前では非常に礼儀正しく振る舞います。「老人殺し」と言われたほどかわいがられましたね。でも、その人が部屋を出ていくと、ころっと態度が変わるんです。それから、重要な人の葬儀には必ず顔を出して出棺まで見送ります。当然、参列者は感激します。田中角栄元首相がやっていたことを見習ったんでしょうが、小沢さんの場合は形だけで情はないと思います。
 選挙のやり方も上手でしたね。演説は苦手だからせずに、裏工作に回るんですが、選挙区内の会社や団体を調べておいてアポなしで行くんです。先方はびっくりしますが、大感激するんですね。そういうことを計算している人です。
 ■首相になってほしくない
民主党代表選で小沢さんの無投票3選が決まりましたが、これはだれも対抗できないからで、参院第1党がそんなだらしない状況では困ります。一方、自民党も元気がないですね。「自分がやらなければ誰がやる」という迫力あるリーダーがいません。
福田康夫首相も、どうして消費税率を上げてから辞めなかったんでしょうか。竹下登元首相は政権をかけて消費税を導入しました。それが今、国家、国民のためになっています。国民が嫌がっても、国のために必要ならやって辞めるというのが政治家です。
 早期に衆院解散・総選挙が行われるでしょうが、願望を込めて小沢さんが首相にならないことを祈ります。小沢さんには吉田茂元首相の「己を知り己を愛し、また敵を知り敵を愛する寛容があってこそ、民主政治が行われる」という言葉を贈りたい。政治には「寛容」が大事なんです。(高橋昌之)
 おくしま・さだお 昭和30年に自民党本部に入り40年から平成8年まで幹事長室に勤務、4年から8年まで幹事長室長を務め11年に退職。幹事長室勤務は32年間にわたり、田中角栄元首相から加藤紘一幹事長まで、24代22人の幹事長に仕えた。1~3年の海部俊樹政権は小沢幹事長だったが、著書「自民党幹事長室の30年」でも「ワーストワン」と評す。71歳。

平壌からの手紙を握り潰した石井一 | 掲示板 声よ届け!波濤の彼方へ より

平壌からの手紙を握り潰した石井一  投稿者:沢村圭一郎  投稿日:2008年10月19日(日)21時40分36秒
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 マルチ商法の会社から政治献金を受け取っていたとして今話題になっている民主党石井一副代表は、かつて、有本恵子さん拉致事件を隠蔽すべく、石岡亨さんが、監視の目を潜って、ヨーロッパからの旅行者に託した手紙を闇から闇に葬ろうとした人で無しです。
 当サイトのHPに掲載している“拉致を隠蔽してきた構造”から抜書きしてきましたので、お読みください。
「拉致を隠蔽してきた構造」より
極左と組んで有本恵子・松木薫・石岡亨拉致事件の隠蔽を図ったNHK

マスコミやジャーナリストによる拉致隠蔽工作は枚挙に暇がない。つい最近も訪朝した田原総一朗が、自分が司会するテレビ番組や講演会等で、北朝鮮が「死亡」と発表した8人は発表どおり「死亡」しており、拉致被害者はいないが、それ以外に自らの意思で北朝鮮に渡ってきた生存者がいる。と北朝鮮の言い分をそのままタレ流し、拉致問題の幕引きをして国交正常化をすべきだと発言した。
 5人の被害者が帰国した直後は、毎日新聞の論説委員岸井成格が、拉致被害者はいったん北に戻せ論の代表格となり、マスメディアを駆使して、喧伝に務めた。もし、戻していたらどうなっていたかと考えるとゾーとする。
 産経がスクープした3組のアベック蒸発事件は他のマスコミが無視を決め込んだため、容易に社会問題とはならなかったし、西村議員による「北朝鮮による日本人拉致」の国会質問も、数行のベタ記事か、無視であった。
 前項で、金丸訪朝団は拉致問題に触れることはなかったと書いたが、訪朝団に必死に訴えた拉致被害者家族がいたのである。
 石岡亨の実家に、ヨーロッパに行ったきり行方不明になっていた亨から、1988年に「有本恵子さん、松木薫さんの3人で助け合って平壌市で暮らして居ります」という手紙がポーランドから届いた。それには、英文でPlease send this letter to Japan. our address is in this letter(この手紙を日本に送ってください。住所はこの手紙の中にあります)というメモが同封されていた。石岡が監視の目を潜り、命がけで旅行者に依頼したものであろう。
 引越しを繰り返して転々としていた松木薫の家族が手紙の存在を知るのは、それから2年後のことである。
 その間、石岡家からの連絡で、娘恵子が北朝鮮に拉致されたことを知った有本明弘・嘉代子夫妻は政治家や外務省を尋ね、必死に救助を懇願したが、親身になって相談に乗ってくれたのは、安倍晋太郎事務所だけであった。地元選出の土井たか子は秘書が出てきて、土井さんは東京だというので、安否確認と救出を依頼したが、それっきり返事もこなかった。
 夫妻は1990年春、9月に決定した金丸・田辺訪朝団の一員である自民党の石井一(現在は民主党)の事務所を訪ねた。
 石井は夫妻の話しを熱心に聞き、石岡の手紙のコピーを金丸に責任を持って渡す。自分も北朝鮮に訴えると言ってくれた。
 夫妻はいい人に会えたと喜んで帰郷したのである。
 秋になり、先遣隊が出発した。石井はその中心である。
 期待に胸を膨らませて明弘は帰国した石井と面会したが、様子がおかしい。「あんな手紙じゃ……」という。北朝鮮に話していないのである。手紙は握りつぶされたのだ。
 金丸・田辺訪朝団は拉致被害者のことを取り上げることもなく、土下座外交をして、日朝国交「正常化」交渉の道を開いた。
 石井一は、その後、小沢と行動を共にし現在は民主党に籍を置いて居る。天誅が下されて然るべきなのに、未だに国会議員である。
 石井一によって、闇から闇に葬られたはずの“北朝鮮からの手紙”の存在を次第にマスコミが知るところとなり、1990年の暮れ、有本宅に週刊文春の記者が記事にしたいと訪れ、新聞社も動きだし、年明けには、“北朝鮮からの手紙”がマスコミ各社によって大きく報じられた。
 報道をきっかけに3家族は記者会見をすることを決意し、神戸に集まり、連名の嘆願書を作った。文字にすればたったこれだけだが、公開することによって、命を奪われたら、取り返しがつかないという不安を振り切っての決断である。
 会見場に向かうとき、NHKの山本浩記者から会ってもらいたい人が居るという連絡が入った。男は遠藤忠夫と名乗った。極左専門の書籍を発行しているウニタ書房の社長で、テロリスト重信房子やよど号ハイジャック犯の擁護者だとは、3家族が知る由もない。
 遠藤に「ここで拉致のことをしゃべられると、水面下での交渉が台無しになる。金正日の主治医とパイプがあるから、1,2ヶ月待ってくれれば、必ずよい返事を持ってくるので、今日は何も言わないでください」と懇願され、それで戻ってくるのならと、任せることにした。
 せっかくセットされた記者会見なのに、住所も言わない。氏名も言わない。これでは記事になるはずがなかった。チャンスは遠のき、マスコミは去っていった。
 遠藤は未だにノウノウと生きているようである。NHKが山本浩を処分したという話しも寡聞にして聞いたことがない。
参考文献 光文社発行 “家族”北朝鮮による拉致被害者家族連絡会。
     他。
http://www11.ocn.ne.jp/~rachi/inpeikouzou.htm
 ご覧のように石井一は、金丸信、小沢一郎、土井たか子と並んで、拉致を隠蔽してきた構造の創設者ともいうべき存在です。恵子さんの消息を掴むために、藁をも縋る思いで石井の事務所を訪ねた有本夫妻を「あの夫婦は馬鹿」だとか、「恩知らず」だとか、悪罵を放ったという情報もあります。“天人ともに許さざる所業”とは、この男のために用意された言葉かもしれません。

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