鳩子の海のシナリオ作家がテレビ批判 「おテレビ様と日本人」①


メディアのあり方がどんどん商業ベースに堕ちていくなか、手に取った本が「おテレビ様と日本人」。
オーストラリアに移住してしまった、NHK「鳩子の海」の作者、林秀彦氏の新刊だ。
海の向こうから日本の現況を憂い、テレビというメディアの危険性について論じている。
かなり筆致は厳しく、元テレビ人として、反省の上から、テレビの本質的な問題点を指摘していた。
 
ピューリッツァー賞を受賞したヘンリー・アダムスの言
 
ーこの同じアメリカ人は、新石器時代の村落社会よりもはるかに粗野で幼稚な感情と道徳判断のもとに生活し、自分自身、あるいは他のどんな生命に対する人間的な畏敬の念も失い、次の世代の時代には、生の無差別的殺戮に対する石器時代からの禁制や、人類の存続に対する石器時代的敬意の念すら消え去るであろう。
 
を引いて、
 
知性の退化、良心の麻痺。
人類存続への敬意の消滅。
私には、この何よりも人間にとって大切な、なくてはならない、人間が人間である条件を失ったことは、今や誰の目にも明らかなだと思う。そしてその原因は、アダムスが見たように、質の退化と量の増大ちう形で進行したのだ。前々からの私の持論、量の文明が、質の文明を完全に凌駕し、徹底的に駆逐してしまったのだ。
そして、テレビの問題がここで象徴となるのは、まさにその意味においてである。質である番組の内容が、視聴率という量によって抹殺された。
 
と、林氏は結論づける。
安易な実態のない世論調査に振り回され、自分たちも視聴率という数字に翻弄される。まるで、ピエロのテレビ業界。しかし、ピエロは、笑えるが、ピエロがピエロを生み、国民全体をピエロにするとしたら、あまりにも罪深いピエロではないだろうか。
 
彼は、さらに、現在の政治について
 
民主主義政治形態はゲーム化する。すべての人間的な価値は、視聴率が象徴する光学的な数値に置き換えられ、テレビとインターネットが象徴するヴァーチャルな遠隔操作に、人間性は完全にゆだねられるのである。
 
と「第4章ソドムとゴモラのテレビ界」を結んでいた。
 
視聴率競争に躍起になるあまり、自らの存在価値を見失ってしまったようにしか見えないテレビ業界。崖っぷちのテレビ業界の世論誘導に知らずに乗ってしまう日本国民。はてさて、魔は、紛然として起こるというか。解き明かして見ればなんのことはない。そんなものに惑わぬことだとわかる。所詮金儲けのためのブラックボックス。しめしめと金が飛び交う電子の箱に過ぎない。こちらとしては、無料でいただけるなら、おいしいところだけいただけばいい。万が一あればの話だが。
 
ただ、林氏は、それでも私は言いつのりたい。
テレビはあなたの脳を退化させる、と。劣化させる、と。
これだけ言っても、なおかつあなたが、この本を閉じた後、テレビの前にどっかりと座り、ビールの栓を開け、リモコンでスイッチをオンにしたら、ーそれはあなたの勝手なのだ。ただあなたがこの国の殺害者であることだけは確かである。
 
とまでおっしゃる。そこまでと思うが、テレビという現場にいた方の言葉は重い。
 
 

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