遠藤実氏逝去。演歌の大御所がまた一人…。


今日のうごき

13:00 勉強会

 

決算特別委員会の勉強が続いている。

健康福祉局関連を中心に質疑をする予定で、今回の案件は、市民生活に密着する案件だけに自然と力が入る。

さて、5時間ぶっ続けで理事者とやりとりした後、一服。ふと、夕刊を見ると作曲家の遠藤実氏が亡くなったとのことだった。

作曲した曲名を見ると、懐かしい歌ばかり。高校三年生あたりから記憶があるが、小学校の時に聞いた「せんせい」。どの曲もおなじみの曲ばかりだ。

演歌といえば、古賀メロディーと遠藤実。歌謡曲世代の私としては、演歌もよく聞き、歌った。

とりわけ、小学校六年生の時に、森昌子がデビュー、歌唱力のすばらしさに魅かれた時期だった。

 

それも今は昔、演歌は特殊なカテゴリーとなり、テレビの音楽番組もNHKを除いては、J-POPばかり。

ラップやソウルミュージックばかりで、歌詞カードを見ても、ついていくことができないくらい、メロディーラインは複雑化している。

演歌とはいえ、ジェロや鼠先輩は、一風変わった演歌で、基本は歌謡曲。宇崎竜童は演歌ではない。

昔懐かしい演歌メロディーとは一線を画している。

最近の純演歌もどれもこれも、古賀メロディーや遠藤メロディーの節回しの変形ばかりで、何を聞いても同じようにしか聞こえない。

一ジャンルの終焉の日が近づいているのかもしれない。CD売上は全体の5%程度と、クラシックよりも低いかもしれない状況。

ジェロや関ジャニを入れてやっと命脈を保っているとしか思えない。

 

残るは、船村徹と弦哲也ぐらいかなぁ。

心にしみる演歌を描ける作曲家はいなくなりそうだ。

 

毎日新聞より

遠藤実さん死去:私にとって生みの親 多くの門下生「残念だ」

 戦後歌謡界を代表する作曲家がまた一人、逝った。作曲家の遠藤実さんは舟木一夫さん、千昌夫さんら多くの歌手を育て、自らレコード会社を創業したことでも知られる。関係者からは「残念だ」と、悲しみの声が聞かれた。

 「浅草人情」「大東京音頭」などを歌った歌手の橋幸夫さんは「私にとって生みの親のような人。13歳の時から遠藤学校でレッスンを受け、育てていただいた。50年以上お付き合いさせていただいたが、一言で言うと温情の人。どんな人にも優しく接した人でした」と悼んだ。

 また、遠藤さんと同年齢で、コロムビアレコードの先輩だった日本音楽著作権協会会長で作曲家の船村徹さんは「訃報(ふほう)に接してびっくりした。心臓手術してから調子が悪いと聞いていて、昨年の自分のパーティーにもいらっしゃる予定だったが来られなくて心配していた。こんなに急に亡くなるとは。同じ昭和の時代を生きてきた仲間がいなくなるとさみしい」と話した。

 「北国の春」などを作詞した遠藤実歌謡音楽振興財団の常務理事で作詞家のいではくさんは「私が作詞した作品の8割に遠藤先生が曲を作ってくれたので、命が半分なくなった感じだ。いつも日本語がきれいな歌謡曲を作らなきゃだめだと言っていたので、その遺志を継いでいきたい」と述べた。

 ◇独学で作曲学び

 遠藤さんは東京都生まれ。新潟県の高等小学校高等科を卒業後、上京して流しをしながら独学で作曲を学んだ。52年からレコード会社所属の作曲家となった。自らの名をつけたレコード会社、ミノルフォン(現・徳間ジャパンコミュニケーションズ)を創業した。

 <遠藤実さんの代表作品>

からたち日記  (島倉千代子)

哀愁出船    (美空ひばり)

高校三年生    (舟木一夫)

こまっちゃうナ (山本リンダ)

星影のワルツ    (千昌夫)

ついて来るかい   (小林旭)

せんせい      (森昌子)

くちなしの花    (渡哲也)

北国の春      (千昌夫)

みちづれ(渡哲也/牧村三枝子)

夢追い酒     (渥美二郎)

男の人生     (杉良太郎)

毎日新聞 2008年12月6日 東京夕刊

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カテゴリー: エンターテイメント

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