久々に硬派の本を読んでます。経済学だけでは読み込めない。社会学の必要性を感じる。


今月11日に東住吉区民ホールで行った国会報告会。

そのときに、浮島参議院の秘書さんから、手渡された2冊の本です。

ブログをよく、読んでいただいていて、私が大阪市立大学の社会学専攻であることを知っておられたようで、社会学関係の本を2冊頂戴いたしました。

最近は、単行本を読みあさっているといっても、学術的なものには、なかなか手が出ておりませんでしたので、目を通してみると、興味深いものですね。

タイトルは、「システムとメディアの社会学」と「シンボルとコミュニケーションの社会学」。

なぜ、経済学ではなくて、社会学なのか。

 

自分が専攻したときも、そうでしたが、経済学は、お金の流れを分析できても、その流れの条件となる社会構造というか人間心理を加味することがはなはだ難しいと思ったからです。

30年前は、今のインターネットの走りのような、ニューメディアが考え出された時期で、CATVが米国で網羅されるころでした。日本でも学研都市などで、次々と双方向メディアの実験が繰り返されたころで、そんな勉強がしたかったのかもしれません。

今となっては、もともとあったインターネットを使えば良かったわけで、なぜ、それに大学の先生方は、気づかなかったのでしょうかね。

多分、ハード面で、とてもとても実用は難しいと判断してしまったのでしょう。いや、天下り先をつくりたかった国家官僚の陰謀でしょうか。

ネットスケープが出るまでは、想像だにすることもできなかったインターネットの活用ですから。

その後のパーソナルコンピュータの革命的発展で、今のネット社会ができるわけで、この進化の速さは、ちょっと異常なレベルです。

 

経済学は、ケインズにしろハイエクにしろ、時代背景は、明らかに現代社会とは異なります。

特にメディアとの関わりを吟味せずして、この両経済学者の対立構造を政治の場に持ち込むことの非生産性を感じずにはいられません。

今、世界を揺るがしている錬金術師たちも、詐欺商法をあたかも優良な金融商品に見せかけて、信用させたわけで、このような商法が両経済学者存命の時代にあったはずもありません。

そして、この巧みな詐欺商法は、メディアという媒介をとおして、大衆の元に届けられ、その毒素が身体に行き渡るまで、気づかせないというとんでもない代物だったわけです。

発病し始めるとワクチンもなく、古びた治療法の突き合わせばかりやっているというのが世界の現状ではないでしょうか。

というわけで、社会学の出番なのだが、まだまだ、新しい学問で、市民権を得ているかというと、経済学の何千分の一程度というのが実情で、ちょっと哀しい。

私も、経済学に対抗する社会学というよりも、経済学と社会学を連動させ、さらに心理学を加味した社会経済心理学のようなものが新たな学問として必要ではないかと思っております。

 

すでに、今はネットの普及によって、社会=メディアの様相を呈しており、経済を語る上で、メディアの要素は絶対無視できないと思っているからです。

最近、我がブログでも、痛烈なメディア批判をしているのは、真のジャーナリストは、政治家を凌駕する存在たり得るという自覚を持ってもらいたいからです。

こんな弱小地方議員ですから、メディアから刺されればひとたまりもありませんが、その弱小議員でも、ブログという武器で世界に注目されることが可能になる時代。

その時代感覚を、メディアの上層部は知るべきでしょうね。第一線の記者さんたちは痛切に感じているようですが、多分、大手メディアの経営陣は何も解っていないというのが実感でしょう。

日本のメディアは、改革の時期を迎えているというのに。

 

 

 

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1件のコメント

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久々に硬派の本を読んでます。経済学だけでは読み込めない。社会学の必要性を感じる。」への1件のフィードバック

  1. momo

    はじめまして。大阪市会議員の方がメディアに関心があるというのは素晴らしいことです。他記事にあるようなTBSのやり方だとメディアのおかしさもわかりやすいですが、大阪についてだと、さも当たり前として刷り込まれて気付きにくかったり、科学的っぽい説明で言われて、おかしな報道に気付きにくいように思います。「大阪人だから○○」「大阪と言えば○○」と言った表現がマスコミ、テレビでは多く、大阪だけに特異な気質や県民性を強いらされているように感じます。イメージや先入観、悪く言えば偏見というか。また大阪だと露悪的に描かれたり、マイナスイメージ、イメージダウンに繋がるような描かれ方も多いように思います。大阪のおばちゃんと、おばちゃん呼ばわりされるのは大阪だけだったり、大阪人=お笑い芸人かのようにみなすテレビ番組もかなり多いです。東京が舞台の映画なのに強面の登場人物はなぜか大阪弁で喋ったりと。看板で有名な観光地や串カツブームの観光地はメディアにも頻繁に登場しとても有名ですが、逆に他の地域は名前すら知られていないことも多く、大阪らしくないというイメージだけで見向きもされないことすらあります。大阪の都会性にも伝統性にも十分に魅力があると思います。たこ焼きやお好み焼き、串カツばかりが注目されたり、これでは観光や産業面での発展や広がりは難しいのはではないかと憂慮しています。大阪を取り巻くメディアの状況はかなり問題があるように感じます。良ければメディアと大阪との報道にも関心を持っていただければと思います。以下は考える意味で参考になると思います。良ければ参照下さい。それでは失礼します。http://www.kansai.gr.jp/journalistforum/2007/keynote.htmlhttp://www.kepco.co.jp/insight/content/column/column146.htmlhttp://www.tosajuku.ed.jp/NEWS/2008/07jul/0703/index.htmlhttp://www.sekaishisosha.co.jp/cgi-bin/search.cgi?mode=display&code=1144

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