平壌からの手紙を握りつぶした石井一


石井一に関するブログが活発になってきた。華々しく世論の支持を得たつもりが、マルチ商法に加担していたことを皮きり、これまでの悪行が次々と暴かれだした。

昔のように、ネットがなければ、マスコミさえ押さえこめば、済んだかもしれないが、今は時代が違うということをご存じなかったのかもしれない。

拉致問題に取り組むブログ「声よ届け、波濤の彼方に」に平壌からの手紙を握りつぶした石井一に対する怒りの投稿があったので、転載いたします。

平壌からの手紙を握り潰した石井一  投稿者:沢村圭一郎  投稿日:2008年10月19日(日)21時40分36秒
通報 返信・引用

 マルチ商法の会社から政治献金を受け取っていたとして今話題になっている民主党石井一副代表は、かつて、有本恵子さん拉致事件を隠蔽すべく、石岡亨さんが、監視の目を潜って、ヨーロッパからの旅行者に託した手紙を闇から闇に葬ろうとした人で無しです。
 当サイトのHPに掲載している“拉致を隠蔽してきた構造”から抜書きしてきましたので、お読みください。
「拉致を隠蔽してきた構造」より
極左と組んで有本恵子・松木薫・石岡亨拉致事件の隠蔽を図ったNHK

マスコミやジャーナリストによる拉致隠蔽工作は枚挙に暇がない。つい最近も訪朝した田原総一朗が、自分が司会するテレビ番組や講演会等で、北朝鮮が「死亡」と発表した8人は発表どおり「死亡」しており、拉致被害者はいないが、それ以外に自らの意思で北朝鮮に渡ってきた生存者がいる。と北朝鮮の言い分をそのままタレ流し、拉致問題の幕引きをして国交正常化をすべきだと発言した。
 5人の被害者が帰国した直後は、毎日新聞の論説委員岸井成格が、拉致被害者はいったん北に戻せ論の代表格となり、マスメディアを駆使して、喧伝に務めた。もし、戻していたらどうなっていたかと考えるとゾーとする。
 産経がスクープした3組のアベック蒸発事件は他のマスコミが無視を決め込んだため、容易に社会問題とはならなかったし、西村議員による「北朝鮮による日本人拉致」の国会質問も、数行のベタ記事か、無視であった。
 前項で、金丸訪朝団は拉致問題に触れることはなかったと書いたが、訪朝団に必死に訴えた拉致被害者家族がいたのである。
 石岡亨の実家に、ヨーロッパに行ったきり行方不明になっていた亨から、1988年に「有本恵子さん、松木薫さんの3人で助け合って平壌市で暮らして居ります」という手紙がポーランドから届いた。それには、英文でPlease send this letter to Japan. our address is in this letter(この手紙を日本に送ってください。住所はこの手紙の中にあります)というメモが同封されていた。石岡が監視の目を潜り、命がけで旅行者に依頼したものであろう。
 引越しを繰り返して転々としていた松木薫の家族が手紙の存在を知るのは、それから2年後のことである。
 その間、石岡家からの連絡で、娘恵子が北朝鮮に拉致されたことを知った有本明弘・嘉代子夫妻は政治家や外務省を尋ね、必死に救助を懇願したが、親身になって相談に乗ってくれたのは、安倍晋太郎事務所だけであった。地元選出の土井たか子は秘書が出てきて、土井さんは東京だというので、安否確認と救出を依頼したが、それっきり返事もこなかった。
 夫妻は1990年春、9月に決定した金丸・田辺訪朝団の一員である自民党の石井一(現在は民主党)の事務所を訪ねた。
 石井は夫妻の話しを熱心に聞き、石岡の手紙のコピーを金丸に責任を持って渡す。自分も北朝鮮に訴えると言ってくれた。
 夫妻はいい人に会えたと喜んで帰郷したのである。
 秋になり、先遣隊が出発した。石井はその中心である。
 期待に胸を膨らませて明弘は帰国した石井と面会したが、様子がおかしい。「あんな手紙じゃ……」という。北朝鮮に話していないのである。手紙は握りつぶされたのだ。
 金丸・田辺訪朝団は拉致被害者のことを取り上げることもなく、土下座外交をして、日朝国交「正常化」交渉の道を開いた。
 石井一は、その後、小沢と行動を共にし現在は民主党に籍を置いて居る。天誅が下されて然るべきなのに、未だに国会議員である。
 石井一によって、闇から闇に葬られたはずの“北朝鮮からの手紙”の存在を次第にマスコミが知るところとなり、1990年の暮れ、有本宅に週刊文春の記者が記事にしたいと訪れ、新聞社も動きだし、年明けには、“北朝鮮からの手紙”がマスコミ各社によって大きく報じられた。
 報道をきっかけに3家族は記者会見をすることを決意し、神戸に集まり、連名の嘆願書を作った。文字にすればたったこれだけだが、公開することによって、命を奪われたら、取り返しがつかないという不安を振り切っての決断である。
 会見場に向かうとき、NHKの山本浩記者から会ってもらいたい人が居るという連絡が入った。男は遠藤忠夫と名乗った。極左専門の書籍を発行しているウニタ書房の社長で、テロリスト重信房子やよど号ハイジャック犯の擁護者だとは、3家族が知る由もない。
 遠藤に「ここで拉致のことをしゃべられると、水面下での交渉が台無しになる。金正日の主治医とパイプがあるから、1,2ヶ月待ってくれれば、必ずよい返事を持ってくるので、今日は何も言わないでください」と懇願され、それで戻ってくるのならと、任せることにした。
 せっかくセットされた記者会見なのに、住所も言わない。氏名も言わない。これでは記事になるはずがなかった。チャンスは遠のき、マスコミは去っていった。
 遠藤は未だにノウノウと生きているようである。NHKが山本浩を処分したという話しも寡聞にして聞いたことがない。
参考文献 光文社発行 “家族”北朝鮮による拉致被害者家族連絡会。
     他。
http://www11.ocn.ne.jp/~rachi/inpeikouzou.htm
 ご覧のように石井一は、金丸信、小沢一郎、土井たか子と並んで、拉致を隠蔽してきた構造の創設者ともいうべき存在です。恵子さんの消息を掴むために、藁をも縋る思いで石井の事務所を訪ねた有本夫妻を「あの夫婦は馬鹿」だとか、「恩知らず」だとか、悪罵を放ったという情報もあります。“天人ともに許さざる所業”とは、この男のために用意された言葉かもしれません。

広告

コメントする

カテゴリー: ニュースと政治

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中